【年頭所感・2023年:学術・研究⑦】佐藤 建吉((一社)洸楓座 代表理事)「未来世代が持続可能なエネルギーの選択と推進のために」

無事に新年を迎えられたことは、本当に幸せなことである、と実感する今年である。

昨年の暮れに友人が冥界に旅立った。80歳だった。ALSを発症し筋力が衰えて、突然の最期であった。

ひとりの人生も多くのひとの人世も、先行きがわからない。昨日までの過去とは異なり、今日の現在も明日の未来も実は不明確である。明日からの未来はなおさら不可解である。「バック・トウ・ザフューチャー」の意味は、目のない背中から未来へ向かうという意味であると、ある哲学者は書き残している。確かに未来は闇の中にある。

だからと言って、運を天に任せることはできない。また、占いで行動を決める訳にもいかない。科学的に判断することが必要であると誰しもいう。しかしその科学も未来予測が100%可能なわけではない。ある限定的な示唆を与えるだけに過ぎない。すると、最後は、経験を生かした人知による判断が要となる。人知は、総合的な判断ともいえる。

その切り口として「政治的判断」というのがある。それは、国民の代表者、すなわち代理人による判断をいい、政策や法整備をいう。政治は、現実を踏まえた未来対策である。その決定は、通常では多数決がそのよりどころになる。それが公正な手続きで為されれば、誰しも納得であろうが、ある方向に力が向いたり、ある面にバイアスがかかったりすると、不協和音が生じる。

私たちは、厳密にはGPSが示すようにある特定の緯度経度、そして標高において、時間を共有する。ウクライナの戦地においてはそれが現実で生きざまが決まる面がある。これも政治判断に関わる。

1986年4月30日に私はフランスで鉄道に乗っていた。チェルノブイリ事故の時である。3.11では、千葉市にいた。生死に係わり、かつ過去・現在・未来が影響される出来事が起こり存在した。今後も起き存在するといえる。

私たちは明日に向かって生きなければならない。未来世代に遺すべきものは、「希望」と「持続可能性」である。それが、現在を生きる我々世代の役割である。戦争を経験させた過去世代の過ちを再現することがあってはならない。

その意味において重要な判断は、「世代間倫理」である。次世代に負荷や負担、あるいは不都合を贈ることはできない。もっとも大事なことは、不可解な未来において起こりうる可能性のある原因をつくり出してはならない。筆者が過去において経験したことは金属疲労の科学と技術の限界であり、現実である。それゆえ、洸楓座は、再生可能エネルギーを進め地域を快活にしようと、今年も活動し、来年に繋げたい。

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