【年頭所感・年頭論説2023年】岸田 義典(株式会社新農林社 代表取締役社長):〝脱炭素〟奇貨として「柔軟性」の価値観を基軸とした新時代の社会・経済・エネルギーシステム構築を

「グリーン化学肥料」の秘めるセクターカップリングの可能性

[画像・上:写真=足柄・箱根の山々に差し掛かる陽の光を受けて発電する、合同会社小田原かなごてファームのソーラーシェアリング(78kW、小田原市)。同ソーラーシェアリングはオフサイト自家消費として運用されている]

読者の皆様、明けましておめでとうございます。

今年最初の私の論説ではありますが、新型感染症という「めでたくない話」から始めさせていただきます。昨年も世界中が新型感染症に振り回された一年となってしまいました。世界の感染トレンドは足下では小康状態ですが、日本を含む一部地域では再び拡大の兆しが見えており、引き続き予断を許さない情況です。思わぬ場所・機会が感染ルートとなっている話を聞くたびに、新型感染症は我々がこれまでの社会生活で当たり前と思っていた社会の「集約性」を狙い撃ちしているかのような印象さえ持ってしまいます。

実際の所、リモートワークの定着や極端な密集状態の忌避など、感染症禍は我々の社会生活を変えました。一歩引いてこの感染症禍を見てみると、従来の社会の在り方に投げかけられる重要な問いが潜んでいるのではないでしょうか。

*************************

HB法の「集約性」が現在に問いかけるもの

新型感染症禍にも関わらず、昨年、世界人口は80億人を突破しました。今後、途上国などを中心に人口は増え続け、2080年には100億人を突破すると国連が予測しています。増え続ける人口を支えるために、食料の生産性を向上し続ける必要があります。

世界人口は有史以前から19世紀に至るまで、10億人以下で推移していました。この約200年だけで約8倍に増えたことになります。近現代における人口急増の要因は産業革命と、産業革命により実現した近代農業の確立・食料の安定供給の実現でした。近代農業の確立に大きな役割を果たしたのが農業機械の出現と、化学肥料の定着です。

そして化学肥料の大量生産を可能にしたのが、原料の一つであるアンモニアの工業的製法の確立です。この手法「ハーバー・ボッシュ法」(HB法)は、フリッツ・ハーバーとカール・ボッシュにより開発され20世紀初頭に実用化されました(両名ともこののちにノーベル化学賞受賞)。

アンモニアは窒素と水素で構成されていますが、HB法では窒素・水素を500度C以上の高温・20MPa以上の高圧下に置き、亜臨界状態にすることでアンモニアの大量生産を実現しています。窒素は安定性の高い物質であるために、HB法は極めて「集約的」な化学プロセスを経る必要があるのです。そして集約的であるからこそ、エネルギー消費量も多くなります。

実用化以降、基本的な製法をそのまま継承してきたHB法のこのエネルギー性向は現在、大きな曲がり角を迎えています。その契機を作ったのが、脱炭素・エネルギー効率向上の世界的な動きです。HB法は俗に「水+石炭+空気からパンを作る方法」と言われます。この中の「石炭」(他の化石燃料含む)は、製造時の高温・高圧状態を生み出すエネルギーの原資としてのみならず、アンモニアの原料である水素の原料も指します。HB法ではプロセスにおいて、水素製造とアンモニア製造とで二重に化石燃料消費によるCO2排出を行っていることになるのです。

他方、エネルギーの分野では、再エネ電力を用いた「グリーン水素」(再エネ電力で水を電気分解)が注目を集めています。おりしも再エネの導入増加により、余剰電力過多による出力制御の増加が国内でも話題になっています。逆に、一年の内で暑さ・寒さのピークのシーズンに電力需給の逼迫が発生するリスクに対する注意も盛んに喚起されています。

しかしこの間の電力データからは、余剰電力もしくは需給逼迫が全国一斉に発生したわけではないことを読み取ることができます。あるエリアでは需給が締まり、別のエリアでは比較的緩んでいるのが実情なのであり、電力を広域で柔軟に融通できる体制さえあれば、余剰・逼迫への対処として大きな効力を発揮したはずです。肝要なのは、需給のミスマッチを、脱炭素などの新たな価値観に適った形で「柔軟に」解消する仕組みの構築です。その方策の一つとして、現在当局によって検討が進められている電力広域連携網整備がありますし、またこのグリーン水素の大規模製造・利活用実装も、電力系統安定化・電力安定供給へ貢献できる将来的な営為としてカウントできるはずです。

これからの時代に対応したアンモニアとHB法のために、再エネ電力とグリーン水素を用いた「グリーンアンモニア」は極めて大きなファクターになります。グリーンアンモニアの利活用実現でキーになるのが、広域電力の融通でも明らかなように他分野との連携と横断的な「セクターカップリング」を視野に置いた制度設計です。グリーン水素・グリーンアンモニアのサプライチェーン構築は、電力セクターと熱セクターの直接的融合・合理化に極めて重要な役割を果たすはずです。そして再エネ電力・グリーンアンモニアで製造する「グリーン化学肥料」を実現すれば、農業分野をも包摂できることになります。

特定の分野、セクター、地域で集約的になるだけでなく、セクター間をまたがる広範で「柔軟な」対応を可能とすることで、効率性を向上させる全体最適の観点が、これからの社会・経済システム構築には必須です。またもちろん、技術的イノベーションも必要になります。化学の分野で言えば近年、膜・触媒膜の技術は著しく進展しています。入力される電力の電圧が低く、また間欠的になることが多い再エネ電力を前提にした膜の開発も各方面で実施されています。日本はそれらの技術開発をリードしており、今後の産業振興政策上も重要です。

現在、グリーンイノベーション基金事業などで、再エネ電力由来の「グリーンアンモニア」製造プロセス開発事業が走っていますが、これらは火力発電などの燃料として利用することを前提としています。ここに農業分野の融合も達成するべく、ぜひ「グリーン化学肥料」も「水素社会」実現の一翼を担う要素として検討していただきたいと考えています。

ページ:

1

2
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
Web版ログインページ
有料契約の方はこちらから
Web版ログインページ
機能限定版、試読の方は
こちらから

アーカイブ

カテゴリー

ページ上部へ戻る

プライバシーポリシー